まいど、いまにしです。

今から9年前の今日、JR西日本福知山線が尼崎駅近くで脱線事故を起こし 、107名が死亡した。
久しぶりに、当時、撮影した写真を見ると、近くの学校に負傷者を運ぶため
ヘリが舞い降り、脱線した電車では懸命の救出作業が行われていた。
現場に駆けつけ、走り回っていたのを思い出す。
JR事故あ

 
 
昨日、事故で負傷した人と話をした。
「あれから9年ですか、早いようでつらく長かった。
あの事故で人生すべてがかわってしまった。
電車に乗ろうとすると、急に心臓の動悸が激しくなり
ホームで休みながらでなければ乗れないことがある。
電車に乗っていても、落ち着かない。 
だから、ちょっとしたことで出かけるのも、大変です。
私のような苦しみ、他にも訴える被害者がけっこういます

事故後、JR西日本の幹部は、刑事責任を問われた。
だが、山崎元社長は無罪判決が確定。 
井出、南谷、垣内元社長は、強制起訴されたが一審で無罪。
現在は、控訴審で審理中だ。
「当時、JR西日本が気にしていたのは、国の事故調査委員会と
刑事責任追及です。事故調については、事前に情報が漏れていたと
非難を浴びた。一方で、刑事責任の方でも、検察や警察の取調べを
防御すべく、対策を講じていた」
と当時、JR西日本の幹部はそう私に話していた。

私の手元に、検察や警察の捜査資料がある。
ある遺族が
「これは許せん」
と怒りを込めて話す、供述調書が、JR西日本の佐藤尚史氏が
神戸地検の取調べに語った内容だ。
取調を受けた当時、佐藤氏は鉄道本部運輸部施設課の主査という立場だった。
佐藤氏は、その前に兵庫県警尼崎東署で事情を聞かれた時に、
<曲線通過速度超過防止対策について(京都支社保管分)1綴
を証拠品として任意提出しましたが,本来提出すべき証拠の一部を抜き、
提出していたことに間違いありません>
証拠隠滅、改ざんとされても仕方ない行為を自白しているのだ。

事故現場は、曲線のカーブ。そこで、事故が予見できたのかどうか、捜査の
大きなポイントだった。 その重要な資料を勝手に抜き取って、捜査当局に提出したのだ。

それどころか、佐藤氏は
「ポリちゃん対策  想定Q&A(極秘)」 
という資料を作成。
警察の取調べについて、想定問答を頭に入れて、取り調べに応じていた。
供述調書で佐藤氏は
「頭の整理がしたかった」
と作成理由を述べている。
一方でJR西日本は事前に会社の意向がわかるように、取り調べを受ける社員に
配布するなどして「口裏合わせ」をしていた。
<警察からの問いかけに対して会社として見解とはなれたことを
社員が答えないように、事前によく学んでおくようにとの
趣旨で配られていた>
会社が事前レクとして争点を明らかにしたり、
これまでの記録や副社長の見解を渡して、さらに事情聴取終了後には
どのような内容の聴取があったのか詳細な記録を会社に提出するようにと
指示を受けていた。会社の方針と大きくはずれた答えを警察にできるはずない>

組織的な「口裏合わせ工作」を認めているのだ。

また、山崎元社長がJR西日本本社で警察や検察の取調べについて
打ち合わせしていたペーパーもある。
そこには取り調べについての注意事項が書かれていた。
会社のため、家族のため、自分のために全精力を投入すること
相手は結論を決めており、いわば敵であり、当方は相手以上に必死になること
相手以上に冷静になること、挑発に乗らないこと

 いかに、ごまかすことに腐心していたのか、よくわかる。
おまけに、JR西日本は、事故調査委員会の報告内容を事前に入手しようと、
委員に「漏えい」を持ちかけて内容を入手していたことが、バレて非難を浴びた。
また、意見聴取会でJR西日本の意向に沿った意見を述べてもらうような
工作もしていた。一部の関係者には、謝金まで支払われていた。
それは、平成19年3月9日付の<立案用紙>というタイトルで、2人に謝礼を払うために
会社に20万円を請求しているのが、資料からもよくわかる。

また、事故調査委員会の報告書案を、マスコミ向けに配布されたものを
横流ししてもらったとも、供述しているのは、当時、福知山線列車事故対策審議室の
担当室長だった望月康孝氏。
望月氏は、報告書案を送付する際に
<本資料は18日(月)14時30分プレスレク、20日(水)朝刊オープンのものを
極秘に入手したものでございます。取扱いにはくれぐれもご注意いただきますように
お願い申し上げます>
と記載して、送付している。

おそらく記者クラブに属しているマスコミが、事故の「加害者」であるJR西日本に横流ししているのだ。
配布は、報道目的であり、事前にきちんと内容を把握し
正確に記事を書いてほしいという意味からである。
まさに、目的外使用の他ならない。

デタラメを繰り返してきた、JR西日本。
ある幹部によれば
「当時と比べると、かなり変わってきたとは思います。
しかし、2度とあのような大事故がないと言い切れるのかというと
正直、自信はありません。今も、硬直した官僚的な体質や
度を過ぎたコストカットなど、実態はそう変わりません」